はじめに
「日本語のキャッチコピーを、英語でどう表現するか?」
これが、実はとても難しい課題です。
キャッチコピーは、単なる意味の伝達ではなく、“響き”や“余韻”、“文化的背景”など、繊細な要素が複雑に絡み合っています。
そのため、直訳では意図が正しく伝わらないことが多く、ネイティブにとっても違和感のある表現になってしまうのです。
私たち翻訳+プラスでは、企業や団体の皆さまから、こうした「キャッチコピーの翻訳」のご相談をよくいただきます。
今回は、実際の翻訳・英語化事例を通じて、その難しさと面白さをお伝えします。

1. 日本地下鉄協会さま:実例紹介
オリジナルコピー:「マナー守って ハッピー乗車」
使用目的:地下鉄のマナー啓発用リーフレットのキャッチコピー
ステップ1:原文コピーの特徴を分析します
A. リズムの妙
「マナー/守って/ハッピー/乗車」という4つの語で構成され、2-3-2-3拍というリズム感が、親しみやすさと記憶定着を生み出しています。
B. メッセージの構造
「A(マナーを守る)」→「B(みんなハッピー)」という、シンプルな因果関係。
例えば、「マナーを破ると、事故の元」 のような、禁止・警告ではなく、ポジティブな行動を促す構成になっています。
ステップ2:英語でのコピー案を作成します
1. “Ride Right, Feel Bright”(正しく乗って、気分も晴れやか)
- 韻を使い、テンポが良く親しみやすい
- 「Ride right」はマナー遵守、「Feel bright」は気分の良さを直感的に伝える
2. “Manners First, Happy Ride”(マナーが第一、乗車はハッピー)
- いわゆる「X first, Y next」の型を活用し、英語圏でもなじみやすい
- 明快にマナー重視とその恩恵を伝える
3. その他の案
- “Good Manners, Great Ride”
- “Good Manners, Smooth Ride”
- “Mind Your Manners, Enjoy the Ride”
- “Ride Right, Enjoy the Ride” など
具体的なマナーの詳細は、リーフレットの本文に書かれています。
そのため、キャッチコピーでは、「マナー」という単語を入れなくても問題ないと考えました。
最もゴロがよく自然な表現として、1番のコピーを推奨します。というふうにご提案しました。
ステップ3: 結論と、選定されたコピー
そして、最終的に選ばれたのは、2番の“Manners First, Happy Ride” でした。
理由は、「マナー」や「ハッピー」がそのまま英語に入っている安心感とのこと。
翻訳の現場では、このように“見た目”の一致が優先されることも少なくありません。
このような経緯からも、キャッチコピーの翻訳には、直訳ではない“意訳”や“創作”の視点が不可欠だと実感しました。
2. コピーライターという仕事について
このような「キャッチコピー」を生み出す専門職、それがコピーライターです。
コピーライターは、広告や宣伝で使用される文案(コピー)を作成する専門家です。
短い言葉の中に、商品の特長・企業の思い・ユーザーへのメッセージを詰め込む、非常にクリエイティブ。ときに言葉遊び、ときに感情への訴求で、私たちの心を動かします。
コピーライターとは「言葉」を用いて、商品・サービスに新しい価値をもたせる職業なのです。
そのような言葉のプロフェッショナルがつむぐ珠玉のコピーの数々。
生半可な力では外国語にすることが難しいのです。
以下に、外国語にしにくいキャッチコピーで、有名どころをいくつか集めてみました。
3. 英訳が難しい!日本語キャッチコピーの例
英訳が難しい日本語のキャッチコピーには、文化的背景・言葉遊び・語感・余韻・含みなど、日本語独特の表現が活きているものが多くあります。
以下は、日本独自の文化や言葉遊びが活きた、英訳の難しいキャッチコピー例です。
- 「そうだ 京都、行こう。」(JR東海)
- 語感のリズム、間の美しさ、呼びかけ口調が絶妙で、英語にすると「Let’s go to Kyoto.」や「Yes, Kyoto. Let’s go.」のように平板になりがち。
- 「お、ねだん以上。ニトリ」
- 「おっ!」という感嘆と「値段以上」のダブルミーニング。
英語に直訳すると「Oh, more than the price」など語感の妙や驚きが消える。
- 「おっ!」という感嘆と「値段以上」のダブルミーニング。
- 「ココロも満タンに。」(ENEOS)
- ガソリンだけでなく「心」も満たす、というメタファー(比喩)。直訳すると「Fill your heart, too.」だが、あまり自然でない。
「ガソリン」と「満タン」という言葉の親和性があって成り立つキャッチコピー。
- ガソリンだけでなく「心」も満たす、というメタファー(比喩)。直訳すると「Fill your heart, too.」だが、あまり自然でない。
- 「でっかいどー、北海道」
- 「でっかいぞ」と「北海道」の掛詞(言葉遊び)。外国語ではこの言葉遊びを維持できない。
- 「愛は食卓にある。」(キューピー)
- 抽象的な「愛」と具体的な「食卓」を結びつける情緒的表現。英語で「Love is on the table.」ではやや唐突に響く。
- 「きれいなおねえさんは、好きですか。」(パナソニック美容家電)
- 問いかけの形と、対象との微妙な距離感が魅力。英語では「Do you like beautiful women?」となり、奥ゆかしいニュアンスが大きく崩れる。
まとめ
こうして見てきたように、キャッチコピーは、単なる言い換えでは無いようです。
言葉の奥にある“意図”や“文化”をいかに外国語で表現できるか。
それが私たち翻訳者や外国語コピーライターの腕の見せ所です。
難易度の高いキャッチコピーの翻訳・コピー案のご相談は、ぜひ「翻訳+プラス」までお気軽にどうぞ。